2012年03月09日

早春賦

平成23年は、3.11 東日本大震災、その後夏から秋にかけての台風・豪雨災害など日本列島は大変な年になった。私も5月から半年ほど病床につき、ベッドの上での生活を余儀なくさせられた。かくして鬱屈した気分を引きずったまま年の瀬を越した。

一月 『冬来たりなば、春遠からじ』

このところ暖冬気味の冬が続いていたが、今年も昨年に引き続き寒い冬となり、特に大寒(24節気の一つ、1月25日ごろ)の頃になると寒さが一層骨身にしみて「春よ来い」と希う。

古く、中学生のころ習った英文“Winter is over, Spring has come”を思い出す。直訳すれば「冬が過ぎて、春が来た」ということになるが、これでは味も素っ気もない。この句を日本語的には「冬来たりなば春遠からじ」と詠んだ。この風韻のある日本語訳は春を待ちわびる人々の心情をうたったものとして心に響く。

それにしても、昨今の子どもたちの言葉の乱れには、目を覆いたくなるものがある。いつぞや数学者藤原正彦は、エッセー『祖国とは国語』のなかで「国語教育絶対論」を展開し、国語の授業時間を削り続けたゆとり教育を厳しく批判している。

「悪貨は良貨を駆逐する」のたとえ、美しい日本語は何が何でも風化させてはならない、とつくづくそう思う。

二月 『春は名のみ』

 二月に入ると、つい口ずさみたくなるのは「早春賦」だ。



 早春賦(新作唱歌) 作詞 吉丸一昌 作曲 中田章

  1、春は名のみの 風のさむさよ
    谷のうぐひす 歌はおもへど
    時にあらずと 声もたてず
    時にあらずと 声もたてず

  2、氷融け去り 葦は角ぐむ
    さては時ぞと おもふあやにく
    今日もきのふも 雪の空
    今日もきのふも 雪の空

  3、春と聞かねば 知らでありしを
    聞けばせかるる 胸のおもひを
    いかにせよとの この頃か
    いかにせよとの この頃か

第1連の「春は名のみ」は、今や立春の枕詞となり、「谷の鶯」春の雰囲気を見事に表現している。第2連の「角ぐむ」は芽ぐむの意、「角ぐむ葦」は春の季語だそうだがさすがに国文学者の作詞者だけあって表現の豊かさには敬服する。第3連では春へのあこがれ、「胸の思い」を歌いつくしている。歌の舞台は信州安曇野、穂高川が合流するこの地に「早春賦」の歌碑が建てられている。

作詞者の吉丸一昌(1873~1916)は、豊後国北海部郡海添(現在の臼杵市)の出自で、大分中学から第五高等学校を経て東京帝国大学国文科を卒業、その後中学教師を経て東京音楽学校の教授となった。五高時代での夏目漱石との出会いが彼の進路を決めたともいう。

話は変わるが、臼杵市を訪ねた折、大正・昭和期の作家野上弥生子(1885~1985)の生家(野上記念館)に立ち寄ったことがある。彼女も夫の野上豊一郎を通じて夏目漱石を知り、漱石の推薦で処女作「縁」を世に出し、作家としての地位を確立した。

明治から昭和初期に生まれた唱歌の作詞者をみると、錚々たる国文学者が名を連ねている。古典の暗記や読書など、一貫した国語教育の実りが多くの優れた歌を生んだのではないだろうか。そういえば、現在の大学文学部国文科は一体如何なっているのだろうか。その存在すら忘れられているようでなんとなく淋しい。


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posted by しん at 07:52| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
思いつきました。

「春来たりなば、冬は本番」
Posted by Dry2 at 2012年03月20日 16:55
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